アニメーター、監督、漫画家として活躍した飯田馬之介こと勉氏が2010年11月26日14時36分、肺がんのため享年49の若さで急逝した。ご遺族と相談しつつ葬儀を行った。彼はオープロの後輩であり、かつてアニドウの強力なスタッフだった男だった。
訃報を聞いた26日の翌日に、仮安置されている小平の葬儀屋さんに駆けつけて御遺族と話し、勝手ながら主導して荻窪のお寺で葬儀を実施することにさせてもらった。
29-30日の日程が決まり、関係者へのお知らせに一日余りの猶予しかないスケジュールだったが、ネット時代ならではの一斉同報が出来たこと、アニメ業界のネットワークの緻密さ、故人の重層的な仲の良い人間関係の連絡網のおかげで、ほとんどの関係者に通知できたのは幸いだった。
式場は慈雲山荻寺・光明院(荻窪)観音ホール。通夜は11月29日(月)18:00より行われ、宮崎駿さんはじめ、小沢さとる氏など200人以上の多くの会葬者が集まり、早すぎる永眠を嘆くこととなった。
喪主は奥様幸子さん、葬儀委員長は故人のアシスタントとして公私ともに支えた稲垣ミミさんが務めた。
最初に、私が今回の葬儀の簡素な内容(お坊さんを呼ばない、通夜振る舞いはない....など)について説明した。続いて、稲垣ミミさんに病状の様子を交えて話してもらい、続いて若林和広氏、あさりよしとお氏に故人との思い出を語ってもらった。さらに、お別れの言葉(弔辞)は川元利浩さんにお願いした。
告別式は翌30日(火)の11:30より快晴の中、行われた。この日のスピーチは、古林英明さん、横山彰利さんのお二人に故人との思い出を語ってもらった。
お別れの言葉(弔辞)は永井豪、片山雅博、宮崎駿の各氏にお願いした。
この後、棺は宮崎駿さん等の手で運ばれ堀之内斎場で荼毘にふされた。遺骨の一部はご母堂の手で北海道の故郷へ帰ることとなった。
